くさつた大家さん若妻殺しの家取壊し【1936.3.31夕 読売】
東京・巣鴨で若妻が殺された家では被害者の幽霊が出るという噂が広まった。事件のあった家や他の借家も家賃を下げろとの声が出たので、家主は当の家を取り壊すことに。解体工事はたたりを恐れて引き受け手がないので、親戚に頼み込んだ。
巣鴨〔東京都豊島区〕の若妻殺し〔この年1月に銀行員の妻が絞殺された〕のあつた“呪ひの家”が卅日朝から取りこはしをはじめた、事件発生以来、ご難つゞきだつた、毎日々々『見物人』の山。近所では幽霊が出る、真昼間、登志子〔上記殺人事件の被害者〕さんのすゝり泣きの声が洩れるのと噂が拡まり、そのうへ、ほかの借家の店<たな>子たちは“どうも同じ家主では縁起がわるくていけない、き賃を下げればよし、それでなかつたら、立ちのきますぞ”とのつぴきならぬ家賃値下げの強談判まで起つて家主商売はアガツタリのかたちになつた。
家主の田島喜太郎さんはどうにかガマンをしてゐたが、最近は某巡査が登志子さんの夢にウナされるとか、数日前には坊さんが三人やつて来て『この家にはタヽリがある、月五円の家賃ならば、住んであげるが、どうぢや』と縁起でもない借家の申込にすつかりクサツてしまひ、喜太郎さんはとうたう家のブチ壊しを決心した。そこで取りこはしの人夫をさがしたが、誰もタタリをこはがつて引受け手がない。
とうとう遠縁にあたる滝野川区〔現・北区〕滝野川町一九五三、榎本長三郎さんををがみ倒して卅日朝からガツチヤン/\が始まつた次第である。【写真はその家】