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迷信から他人の娘を殺す【1908.12.26 東京日日】

横浜に住む少女が奉公先で病気にかかったが、迷信家の主人は祈祷を受けさせるばかり。母親が連れ帰ったときには治療は手遅れだった。少女は突然、自分は「おちか稲荷」だと名乗り、母に作らせた握り飯をつかんだまま亡くなった。

●迷信から他人の娘を
△握飯を掴んで絶息

横浜市神奈川青木町三千六百十七番地駒形辰五郎内縁の妻道正おまさの連子<つれこ>お園(十六)は同市花咲町五丁目七十三番地成瀬お豊(四十一)方へ五ケ年の年期〔年季〕奉公を為し去る八月にて年明<ねんあ>けとなりしかば明年<みやうねん>一月十五日までのつもりにて礼奉公を為し居たるに本月十二日頃より不図<ふと>病気に罹りしに主人お豊は大の迷信家にてお園も何時<いつ>しか其の感化を受け居<を>る為<た>病気に為りても医師に診て貰はんとは為さず日頃信仰せる中山鬼子母神<きじぼじん>に詣<もう>でゝ祈祷を受けたるが一向御利益なきよりお豊は大<おほい>に心配し<かね>て懇意にせる相生町五丁目人力車夫森田力蔵妻お鹿(三十三)に相談せるに同人は日頃信仰せる妙法経弁財天を守護神に戴かせ更に弁財天様の御託宣なりとて柳の枝、松の枝、艾<もぐさ>、燈心〔燈心草、イグサ〕、土筆<つくし>外二品<しな>を五合〔約902ミリリットル〕の水に煎じ詰めて飲ませ居<ゐ>たるが<こ>れ亦一向御利益なかりしかばお豊は十九日に至りて親元に知らせ遣<や>りたるに母のおまさは大に驚き<たゞち>に見舞に来りお園の窶<やつ>れたる姿を見て之れは容易ならざる事なれば一刻も捨て置く可<べ>からずと無理からお園を連れ帰りて平沼町の女医太田繁子に診察せしめたるに、「肺結核、腎臓結核、盲腸炎等を併発し居<を>りて最早治療<ぢれう>期を失したりとの事に尚念の為め最寄の平松医師にも診察を請ひたるが之れ亦同様の見立にて折角の治療も其の効なく遂に廿二日午後十時頃死亡したるがお園は死際<しにぎわ>に臨み俄に声を立て「我はおちか稲荷なるが只今帰る故梯子<はしご>の下に握り飯十個と菜漬を供へて呉<く>れ」と言ひしかばおまさは薄気味悪く思ひながらも「お飯<はん>は冷飯<ひやめし>でなければ無い」と言ひしにお園は「冷飯でも可<よ>し」と強いて頼むより余儀なく言ふが儘に握飯を作りて梯子の下に置きたるに斯くと見たるお園は俄破<がば>と起き上がりて二間〔約3.6メートル〕<ばか>り距<へだゝ>りたる梯子の下に駈行き握飯を両手に一個宛<づゝ>掴みたるまゝ敢なき最後を遂げたる由にて此の事遂に戸部署の耳に入<い>係官出張して一応お園の死体を検案し死因に就きては他動的の疑はしき点なかりしもお豊お鹿の両人は迷信よりお園の治療期を失せしめたる廉に依り本署に召喚して目下取調中なりと

東京日日新聞 明治41(1908)年12月26日・7面

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