猟奇時代???【1930.12.2 中外商業新報】
帝大病院に入院した浜口雄幸首相を護衛する警察官が毎晩深夜に宿直室でうなされる。うなされた警官は皆同じ寝台で寝ていると、真夜中に胸元を押さえつけられるような苦しみを感じたという。
警察官のなかでも柔道何段、剣道何段といふ豪傑がところもあらうに帝大病院〔現・東京大学医学部附属病院〕―しかも浜口〔雄幸(1870-1931)。この年11月に狙撃された〕首相を警衛の宿直室で夜な/\化け物に悩まされるといふ昭和聖代に薄気味の悪い妖怪奇談……
その室<しつ>は島薗内科の六号室で、警官連が三名ぐらゐづゝ泊り込んでゐるのであるが、先月廿六日、棟木も三寸下がつて草木も眠る丑満つ時―などゝいふと、それこそ本たうの怪談もどきだが、やはり時刻はお定まりの真夜中二時ごろ、横山柔道三段がいかにも物の化<け>につかれたやうな苦しい声を出して呻りはじめたので、同僚が眠りをさまして揺り起すと、横山氏はグツシヨリ冷汗をかいて「あゝ恐ろしかつた!」といふ、訳をたづねると「……いや何んでもないが、胸元を押へつけられるやうに苦しかつた」とのこと、一同もそれなりに、その夜は別に問題にもしなかつた。
ところが翌日の同時刻になると、宅間剣道初段が、同じやうに呻される、そのまた翌晩には、神戸柔道三段、更に次ぎの晩は高見柔道三段、それから卅日の夜は宮崎高等主任といふやうに、毎晩、いづれも卅分間ぐらゐ呻されたのであつた、これにはさすがの豪傑連も少々恐れをなし、互に体験談をやつて化け物の正体を突き留やうといふと、いひ合したやうに、三台ある寝台の右の端のに寝たものに限つて、夜中の二時から三時までの間に、廊下をバタ/\としかも力なく歩くスリツパの音がきこゑ、それと同時に胸元を圧えつけられるやうな苦しみを感じるのだといふ。
そこで豪傑連、このまゝ引込んでは我れ/\の名折れ、何んでも化け物の正体を見届けなければならぬとあつて、一日の夜は本富士署に一同額を集めて、化け物退治の評定を行つた――ても怪しやな?化け物の正体は何?
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