登川校幽霊問答(上)【1920.3.17 北海タイムス】
北海道夕張町の小学校の宿直室に3人の教員が寝泊まりしていた。深夜、部屋の戸を叩く音がしたが、誰も来た形跡がない。同じことが毎晩続くので、教員一同で会議を開くことにした。
夕張町〔現・北海道夕張市〕登川尋常高等小学校宿直室に夜な夜な怨霊現れて現在自炊せる三名の教員を脅かせりとの噂は噂を孕<はら>みて
◇全町に 喧伝するやうに到つたが、夢のやうな謎のやうな妄説なので、迷信の徒の蜚語として一向に信を措<お>かなかつたが、余りに不思議なる事実を報告したものがあるので、記者は松本校長を訪問し、其事実の真相を確むるに及んで、物理、化学の進歩した聖代、文明の世として理外の理なる亡霊問答の事実物語りを読者に紹介することを得たのである。
◇現在の 同校宿直室は校長室に隣接せる八畳の間で、下宿払底の為<ため>に現在自炊を営みて宿直せるは柔道の師範で胆力の据<す>はつた桑島訓導と内地〔本州〕で校長の経歴ある佐藤代用教員に中村准訓導の三教員である。然<しか>るに去月十八日の深更一時頃、廊下に面せる戸を拳にて叩<はた>く音が聞えたので、何者か訪ね来たものと思つて探索したが、何等<なんら>の
◇形跡を 認めなかつたのである、然るに教員室の時計が寂寥を破つて一時を告ぐる頃になると、三人の教員はさながら水を浴<あび>たやうに冷やつとして思はず戦慄した、夫<それ>から戸を叩<たゝ>くこと五晩に及んだのである、然るに其廊下は両端に硝子戸<がらすど>は閉鎖され居りて狐狸の類の入<い>るべき方法とてなきに、益々<ます/\>不思議を増し、此事を三名の
◇教員は 松本校長に逐一語つたのである、然るに松本校長も余りに馬鹿気<ばかげ>た話なので、真〔信〕を措かなかつたが、三教員の語る処余りに真面目<まじめ>なので、一応、尚三晩研究すべき旨を命じたのである、三教員は爰<こゝ>に於て胆<たん>を練り、妖怪の正体を見現<みあらは>さんと敦圉<いきま>いた、然るに夜は更<ふけ>て物凄くなると、思はず
◇眠気<ねむけ>を 催したかと思ふと、力なげに戸を頻りに叩くものがある、斯<かく>して三晩を経過したので、二十七日放課後、教員一同の協議会を開き、爰に問答を開始した結果、洵<まこと>に不可思議な理外の理なる事実を確めた、狐狸か妖怪か亡霊の暗示は文明の世にあるべからざる事実を語る。乞ふ明日<みやうにち>を待て………