受け取ったら、他の人に同じものを9枚送るよう求める「幸運」の葉書は東京中に広まり、警視庁が取締を開始。差出人が分かり次第、拘留処分に付すことになった。
「幸運」の葉書に
脅かされる人々
差出人は拘留処分に
一人が九枚宛十回繰返すと三十四億枚に達する
◇いろ/\な投書
例の『幸運の為<た>めに』の葉書は非常なる勢力を以て東京全市に拡がつてゐる、警視庁の笹井〔幸一郎(1885-1938)〕保安部長は二十八日、刑事部の活動に俟つことを求めたので、馬場〔一衛(1881-1944)〕部長は有松〔清治(1882-1941)〕智能犯係長に厳命して取締を行はしめ、差出人判明次第、
検挙し、 取調の上、拘留処分に附して居る、右に就て有松係長は『廿八日、麻布〔東京都港区〕から「捜査係長様」として舞込んだ端には「一人がこの葉書を受けて九枚宛<づゝ>を出すものとすれば、僅か之<これ>を十回繰返すだけでも三十四億八千六百七十八万四千四百一枚を要し、此代金が六百五十三万七千七百二十円七十五銭を費<つひや>す事となる」と認<したゝ>めてある、斯<こ>んな葉書を
受取る と、「つまらない迷信だ」とは云ひながらも、女子供等<ら>は妙に気を病んで出すやうになる、中には相当教育ある知名の士迄が行<や>つて居る事実を発見した、それ等の人々には懇<ねんごろ>に説諭を加へて居る有様である、斯様な事は社会人心に大なる影響を与へるもの故、発見次第、拘留処分に附し、飽<あく>迄も根絶する方針である』と語つた。
読者から ▲本朝、貴紙で「幸運の為に」の写真、拝見致し、奇異の感を抱き居候処、本日午後四時、突然、拙宅へも「幸運の為に」と云ふ葉書、到着致し候。「此端書〔葉書〕を受けて連絡を断ちたるものは凶事、来る」とあり、女子供の勧めに依り神経を休むる為め、九葉を差出し申候。此事が広く行渡るに於ては実に由々敷〔ゆゆしき〕大問題に御座候。警視庁と共力〔協力〕、御捜査の程、願上度〔願い上げたく〕候。(雲歩生)〔/〕
▲私は日蓮宗大学〔現・立正大学〕に在学のものです、私の家へ叔母の名宛で「幸運の為に」といふ葉書が今朝、舞込みました、為に叔母は神経を悩め始めて折角はひりはじめた法華宗の信仰を打毀されるほど心配し出しました、好奇心に富んだ世の浮れ者はかうした謎を宣伝して善良な人達を困らせる、なんで九枚のハガキが今に幸運を齎らせるものか、私は叔母と同じ様な不安に襲はれてゐる方々を貴社の御力を借りて慰めたいと思ひます。(がせう生)
東京朝日新聞 大正11(1922)年1月29日・5面