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不可思議なる種族【1908.8.14 大阪朝日】

岐阜県吉城・大野両郡とその周辺に「牛蒡種」と呼ばれる種族が点在する。この種族の人ににらまれると、精神に異状をきたす。しかし同種族間や目上の人には奇怪な作用は及ばないという。

●不可思議なる種族
牛蒡種<ごばうだね>の如き人間◎睨まれると病む◎婚姻は禁物◎約一万人の種族

岐阜県飛騨国吉城<よしき>〔現・飛騨市・高山市〕、大野〔現・高山市・白川村・下呂市〕の二郡全部と益田郡<ごほり>〔現・下呂市・高山市〕及び東濃恵那郡〔現・恵那市・中津川市・瑞浪市・愛知県豊田市〕の一部に散在し、更に信州〔長野県〕西部に点在する俗に牛蒡種といふ種族がある。これは人に憑くと離れぬこと牛蒡種の如くであるから称するのださうな、久しく同地に居た岐阜警察署松岡警部の実地談に拠るとこの種族は一種不可思議の作用を持つて居るとの事で、鳥渡<ちよつと>聞くと事実とは思はれぬ程である、〔/〕

といふのは此の種族は男女を問はず不可思議の作用を以て<たちどこ>ろに他人<ひと>を魅して終<しま>ふ、例へば此種族の者が他人<たにん>を見て憎い人とか嫌な人だとか思つて睨むが最後、その睨まれた者は忽ち発熱する、頭痛が起<おこ>る、苦悶する、精神に異常を来す、果は一種の瘋癲患者の如くなつて病床に呻吟する、幸い軽ひ〔原文ママ〕者は数<す>十日で恢復するが<もし>重いものになると、それが原因<もと>で遂に死んで終ふといふ実に恐ろしい作用である、処で此の種族の人は他人を斯様に悩ましながら自分は更に何等の異状もないさうだ、何故<なぜ><そ>んな恐るべき作用を有<も>つて居<を>るかといふ事はまだ研究した者もないので<たしか>な説明は出来ぬが或は例の催眠術同様に精神作用が知らず識<し>らずの間に斯<かく>の如き現象を示すのではあるまいか、〔/〕

大野郡上宝村〔吉城郡上宝村(現・高山市)〕大字双六<すごろく>といふ部落は残らず此の種族であるから、他部落から排斥され<あたか>も蛇蝎の如く忌み嫌はれて居る、之<これ>に次いでは恵那郡坂下村〔現・中津川市〕字袖川地内であるが若し此の種族の女を妻に娶ると其の夫は妻に対して何等の命令をも下すことが出来ぬ、妻が嫌だとか腹が立つとか思ふと例の作用で忽ち夫は病人になる、それゆゑ此の種族の女を娶つた夫は一生洗濯もする、針仕事もするといふ風に妻の為に奴隷同様な悲惨<みじめ>な境遇に陥るさうだ、現に此の愍<あは>れな夫は松岡警部が目撃した事がある、〔/〕

<しか>るに茲<こゝ>に可笑<をかし>いのはこの種族は約一万人からの部落であるが同種族の間には此の奇怪なる作用を失ふのみならず、自分より目上の人<すなは>ち郡長とか警察署長とか又は村長とかに対しては更に此の作用を施すことが出来ぬさうである、同地方は山間の僻地で文化も開けて居らぬから当時の催眠術を学んだ訳ではなく昔から自然に伝はつて居<ゐ>る一種の魔力とでも言ふべきものであらう

大阪朝日新聞 明治41(1908)年8月14日(金)9面

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