〔幽霊を人力車に乗せる〕【1883.9.5 朝日】
大阪・安治川で夜、人力車夫が若い女性客を拾い、目的の家に着くと、客の姿が消えた。家族に代金を請求したところ、娘が先々月に投身自殺し、遺体が安治川に漂着したと言われた。
○「鬼<き>を一車に載す」とは易〔『易経』〕の辞<ことば>なれど、是は幽霊を人力車<じんりき>に載すといふ近頃の怪談。〔/〕
梅田停車場<すていしよん>〔大阪駅〕辺の車夫<くるまや>某<それ>が二、三日前の夜<よ>十時頃、安治川〔大阪市〕まで客を送りて帰路<かへりみち>、年の頃十八、九の娘のヒヨロリと現はれて「車夫さん、老松町迄やつておくれ」といふので、十銭に直段<ねだん>を極<き>め、ゴロ/\/\と挽<ひい>てゆき、程なく老松町三丁目の某<ある>家に着くと、「何卒<どうぞ>憚<はゞかり>ながら門戸<おもて>を開けて下さい」といはれて車夫「ヘイ/\畏りました」、ドン/\/\と家<うち>の人を起して後振顧<ふりかへ>れば、不思儀や、今迄居た娘の影さへ見えざるにぞ、家の人に向ひ、斯々<かく/\>と告げて「車代を請取<うけとり>たい」といふに、家人<うちのもの>も驚き、「吾家<わがうち>の娘は先々月、栴檀木橋<せんだんのきばし>より投身<みなげ>して安治川へ漂着せしことは其頃の新聞に出て人の知る所。今ごろ家に帰る筈はない」と聞て車夫も亦吃驚<びつくり>。されば全く其亡魂の迷ふて此世に在りしが吾車に乗つて家に帰りしものかと思へば、ゾク/\身の毛も慄立<よだち>ながら猶<なほ>家人<うちのひと>に其娘の年格好より脊〔背〕の長短<ながひく>、衣<きもの>の縞柄までを聞くに、総<す>べて今乗せて来りし通に寸分違ひなきまゝ、いよ/\怖気<おぢけ>のさして堪<た>へられぬより、早々<さう/\>車を拽<ひ>いて遁帰<にげかへ>りしといふことを態々<わざ/\>報じ来<こ>したる人あれど、斯<かゝ>る奇怪の事のあるべきやうなし。定めし何かの間違ならん。
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