〔死後も気になる夫の乱行〕【1881.12.15 読売】
東京・飯田町に住む士族の男は隣家の愛人のもとに入りびたっている。男の妻は意見したが、聞き入れられず、病死。その後、隣の愛人が男の亡妻の幽霊を見て気絶した。近所ではその家に毎晩、幽霊が出ると噂している。
○飯田町〔東京都千代田区〕六丁目十二番地、士族、清水忠寛(五十六年)は女房お直(三十六年)との中に十五になる娘お葉を頭に子供が四人も有る薬缶<やくわん>〔はげ頭〕親爺<おやぢ>のくせに、隣家の武田八百治は出商売にて家<うち>に居る日は稀なのを付け込み、深切〔親切〕ごかしに女房おみね(三十二年)を口説落<くどきおと>し、八百治の不在<るす>には亭主気取で隣りへばかり行ツて居るのをお直は心憂き事に思ひ、「貴君<あなた>も若い身ではなし、娘や悴<せがれ>の前も有れば、何卒<どうぞ>身持を直して」と泣<なき>つ託<かこ>ちつ諫めても空吹く風と聞流し、ます/\募る乱行を苦に病みて今年の七月、其事を云ひ死<じに>に死んだ跡は誰憚からず、おみねの家へ入り浸ツて居たが、先月の下旬<すゑ>、例<いつも>の通り忠寛が泊りに来た夜の二時ごろ、小便<てうず>に行かんと手燭<てしよく>を灯してお峯は厠<かはや>へ行き、雨戸を明けて手を洗はんと柄杓を取るとき、何処<どこ>ともなく「お峯さん/\」と微かに呼ぶ声がするのは不思義〔不思議〕と植込の暗い方を見ると、靄か霧か、朦朧と人の形が見えるので、アツト云つて手燭を投げ出し、気絶した物音を忠寛が聞き付けて水など与へて介抱し、様子を聞けば、「お直さんの幽霊が」と云ひさして戦<ふる>へて居るに、忠寛も気味が悪くなり、今迄はお直の為<ため>に念仏一ツ申さぬ親爺が頻りと仏いぢりをして居るのを聞伝へ、お峯の家へは毎晩、幽霊が出るとて近所の者は評判して居るといふが、死んだお直は兎<と>も角<かく>も生<いき>て居る亭主が旅から帰ツたら、幽霊より怖からう。