亡夫の幽霊が出る【1908.9.23 東京日日】
東京・深川で魚河岸に勤める人足が脳充血で倒れ、妻の看病もないまま死んだ。それから毎晩亡夫の夢におびえた妻も、初七日が済むと、早々に再婚。空き家となった家には亡夫の幽霊が出るとの噂が立ち、見物人が押しかけている。
●亡夫の幽霊が出る
△初七日が済むと嫁に行く
深川区〔現・東京都江東区〕中島町六番地、綱島平七(五十九)は女房お菊(三十二)との間に長女お仲(八ツ)と云ふがありて平七は元横浜にて相当の青物問屋を営み居りしも、不景気続にて失敗し、今を距<さ>る七年前、上京し、前記中島町なる僅三畳一間の家を借り、魚河岸の軽子〔荷物運び〕となり、親子三人辛くも其日を送り居りしに、去月二十七日、平七は脳充血を発し、重患に陥りしを薄情なる女房お菊は無情にも看護もせず、日夜、近所を遊び歩くより、平七は大にお菊の所業を怨みつゝ、同月三十日、悶死<もだえじに>に死亡せしかば、お菊は死体を火葬になし、白骨を深川区本村町の菩提寺へ預けし儘、埋葬もせざりし。
さるに去三日夜、お菊は枕頭に死せし平七が現はれし夢を見たりとて毎夜、同番地の箱職、倉沢由之助方外<ほか>数件へ頼み、泊り居りしが、何<いづ>れへ泊りても呻吟<うなさ>るゝより、近所にては「平七が亡霊の祟りなり」など云ひ合へる中<うち>、お菊は初七日の済むや否や、同区蛤町の魚商某の妻となり、前記の家屋は空家となりしにぞ、誰云ふとなく、右の空家へ毎夜、平七の幽霊が出るとの評判立ち、毎夜、見物人、押懸けつゝありと馬鹿気た話なり。
東京日日新聞 1908(明治41)年9月23日(水)7面
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