〔大食いの幽霊が出る話〕【1875.12.7 読売】
東京・麻布に1ヶ月と住み続ける人のない家がある。ある一家がそこに入居すると、毎日、大量の食事を求めておどす大男の幽霊が現れた。一家は3日間食物を出したが、毎日は続けられないと引っ越した。
○是は希代不思議の新聞、大食<おほぐら>ひの幽霊が出るおはなし。所は麻布桜田町〔東京都港区〕の華族、阿部さんの邸<やしき>うちで、是まで一ト月と住<すま>ひ通す人の無い怪しい家<うち>へ斉藤実といふ人が住ツて居りましたが、買ツて来た夜<よ>るより女房と三男の目に恐ろしい大男の幽霊が見えて「此家へ住<すむ>からは以後日日<にちにち>、白米三斗〔約54リットル〕を焚<たい>て煮染<にしめ>を添て我に与へよ。一日なりとも怠ると、家内のこらず取殺すぞ。どうだ。又此姿を人にはなしても、直<ぢき>に取殺すぞ」と怖い眼<まなこ>でにらみつけられ、翌日より三日ばかりのあひだ菓子や鮨などを出してやりましたが、毎日は中々続かないとて芝辺へ引越して参りました。女房や三男は今にも取ころされるかと申して顔の色も無いほど恐れて居るといふが、そんなに食<くひ>たがる幽霊が有<あり>ますものか。信濃〔長野県。俗に信濃出身者は大食とされていた〕から日附<ひづけ>〔日着け。その日のうちに着くこと〕に麻布まで出てくるのなら、格別。
読売新聞 1875(明治8)年12月7日(火)1面
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