同夜・同所で往復に轢く【1934.7.4夕 東京朝日】
深夜、東京・上野に向かう電車が六郷鉄橋を渡るところに老人が飛び込み、即死した。現場ではつい数時間前に同じ運転士が乗る電車にタクシー運転手が飛び込み、自殺を遂げていた。六郷鉄橋ではこの3ヶ月間に5-6人の自殺があり、付近にある墓場が人を死に誘うと言われている。
鉄道乗務員が怪談じみた自殺者に悩む話は往々伝へられてゐるが、これはまた余りにも不気味な夏の夜<よ>の出来事――三日午前零時十分頃、蒲田区〔現・東京都大田区〕高畑町三一七先、六郷鉄橋際に上野行上り
電車 が差しかゝつた際、六十五歳位、めくら縞単衣〔紺無地で裏のついていない衣服〕の老人が飛込み、無残な即死をとげた。
懐中には俳句集一冊があるだけで、身許の手がゝりはないが、その句集に辞世が一句『不孝の子私刑に食はれてあきらめろ』とあり、何となく事情ありげに見らる。
ところが、この飛込み現場<げんぜう>は前夜八時二十七分に寸分違はぬ場所で本郷区〔現・文京区〕真砂町、平和タクシー運転手、武田武男(二〇)が自殺して居り、しかも両者共同じ三〇六号電車、運転手も同じ鬼沢庄吉君で、武田の飛込みにすつかり憂鬱になつた鬼沢運転手が上野で折返して桜木町に戻り、再び上野に進行する途中、六郷鉄橋を渡り、前記の現場で『こゝだつた』とのぞいた途端、姿勢まで同じに老人が飛び込んだものだといひ、鬼沢君、重ね重ねの事に蒼ざめて三日朝、蒲田署に出頭した。
この現場は去る五月以来三ケ月の間に五、六人の自殺者があつて省電〔省線電車〕乗務員を嫌がらせて居るところで、附近の
六郷 土手附近に墓場があり、死神につかれた者が必ずまよひ込んでうろついた揚句、鉄路に沿うた柵の一本抜けてゐるところから吸ひ込まれる様に入り込んで飛び込むものらしい。
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