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〔桜の木の復讐〕【1879.3.8 読売】

秋田県仙北郡広久内村で精霊が宿るとされる桜の木を2人のきこりが斧始めに伐ろうとすると、風が吹き荒れ、木は根元から折れた。1人がそれに押し潰されて死亡。もう1人は気が狂ってしまった。

○羽後国仙北郡広久内村〔白岩広久内村(現・秋田県仙北市)〕にある桜の樹は幾百年を経たものか<めづ>らしい大木にて或とき此木を焼くとて熾<さか>んに火を焚きしに更に葉も焼けなかツたとかで村の者も精霊があると云ツて誰一人此木を伐らうといふ者もなかツたが一体此村は山の麓にて田畑が少なく土地の者は伐木<きこり>を業とする者が多いゆゑ毎年正月十四日には若木迎へとて斧始めに能<よ>い木を見出して伐るのを誉れとする習慣<ならはし>でありますが先月の四日は旧暦の正月十四日にあたるゆゑ例の通り村の者が寄ツて酒を酌みかはし銘々若木迎へに出た中に同村の易兵衛といふ樵夫<きこり>が仲間の与兵衛に向ひ、「今まで村の者が恐れて手を付けない彼<あ>の桜を今年の若木迎へに伐倒<きりたふ>そうではないかと相談して降り積ツて居る雪を事ともせず両人<ふたり>は引<ひツ>かけた酒の元気で桜の下<もと>へ来て伐りに掛らうとすると何となく梢が動き<うしろ>の山でドロ/\と音がして雪の崩れ落<おち>るのも胸に答へて物凄くなり与兵衛は赤い顔を青くして何と易兵衛気味の悪い事ではないかと尻止<しりご>みするのをセセラ笑ひ、「<それ>が煩悩愚痴といふもの精霊があらうが祟りを請け〔受け〕やうがそんな事が怖<おそ>ろしくツて此職がなるものかと云ひ捨<すて>て研ぎ立<たて>た斧を振り上げたが易兵衛も襟元が慄<ぞツ>として思はず二足三足タヂ/\としたが心を激まし〔励まし〕斧取直して丁々と伐りかゝる音も谺<こだま>に響き折しも一陣の風が雪を捲き上げて吹出すと等しく天地も裂<さけ>る様な音がして桜は根から吹折れ易兵衛は其下<した>に圧<おさ>れて死んでしまひ与兵衛は抜けた腰を引摺ツて漸やく逃げ延びたが其晩から発熱して是も終に狂気になツてしまツたといふは例<いつも>ながら心経〔神経〕の狂ひであります

読売新聞 1879(明治12)年3月8日(土)

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