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〔土左衛門の執念〕【1880.9.28 読売】

東京・品川である夜、若者が突然、自分は溺死した武士で、近所の猟師が腰に杭を打ち込んだから、成仏できないと言って騒ぎだした。親類が猟師に尋ねると、桟橋の杭を打ったと言うので、それを抜いた途端、若者は全快。杭を打ったところからは骨が出た。

○ハテ恐しい執念ぢやなアといふ怪談ばなしは寄席でさへ跡を絶ち最早<もはや>函根〔箱根〕から此方<こちら>には其様<そん>な野暮をいふ者は有るまいと思ひのほか五日跡〔4-5日前〕に南品川〔東京都品川区〕の車屋木村長七の悴<せがれ>藤次郎(二十五年)が海苔麁朶<のりしび>〔のりひび、のりを養殖するために海中に立てる木や竹の枝〕を建てに行た晩の夜中に勃然<むツく>と起き上り、「拙者は元歴々の武士なりしが<すぎ>しころ網船にて漁に出しとき小便をするとて誤ツて水中へ落ち入り土左衛門と成ツて流れ寄りしを藤次郎と外<ほか>三人にて死骸を引上げ海岸へ埋めて呉れヤレ嬉しやと草葉の陰で喜んで居た処何の怨も情なや同所の猟師木村源次郎といふ奴めが拙者の腰へ杭を打ち込み<それ>ゆゑ今以て成仏もせず此娑婆に迷ふて居る悲しさアラ苦<くるし>や/\と座敷中を這ひ廻るは狐狸の仕業か気が違ツたか<いづ>れにしても唯事では無いと家内一同肝を潰し早速親類へも知<しら>大勢打寄ツて評議をするうち八年前<ぜん>に品川の海岸へ男の溺死人が流れ寄<よツ>たのを藤次郎が引上げて同所四丁目の河岸<かし>へ埋めた事が有るから其死霊が附たので有らうとて彼<かの>源次郎を呼んで其由を話し、「何か心覚えは無いかと尋ねられ同人も吃驚<びツくり>して先ごろ四丁目の河岸へ桟橋の杭を打ツたが大方其処<そこ>がお士<さむらひ>を埋めた処で有りましやうと身慄<みぶるひ>をして恐しがり早速其杭を抜き取ると忽ち藤次郎は正気附きケロ/\と虚<うそ>の様に全快したと聞いて猟師の源次郎はます/\恐しく思ひ念の為<た>め彼杭を打ツた場所を堀り〔掘り〕起して見ると骨が幾つも出たので残らず取り集めて同所の長徳寺へ埋めたとは何だか虚らしい話しだ

読売新聞 1880(明治13)年9月28日(火)

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