〔深夜の皇居に怪しい女官〕【1881.11.19 読売】
深夜の皇居に3人の女官が立ち入ろうとした。不審に思った番兵が呼び止め、押し問答になると、急に女官の姿が消えた。薄気味悪くなった番兵は気絶。翌日、隊の飼犬が古狸を捕まえたので、昨夜の女官は狸の仕業だろうという話になった。
○化鳥<けてう>を射て獅子王の剣<つるぎ>を賜りし頼政〔源頼政(1104-80)〕の美談には似ぬ失策話しは此程の事とか、皇居〔赤坂仮皇居(現・迎賓館赤坂離宮・東宮御所)〕内東御庭の入口なる御門を守衛の兵卒が夜<よ>の一時ごろ、士官が巡察の時刻なればとて番小屋を立ち出<いで>し折からサアベルの音がするゆゑ、偖<さて>は士官が参られたかと思ひのほか、しづしづと歩いて来る人をよく/\見れば、コワ如何に、士官には有らで、雪を欺く艶顔に緑の黒髪、地に垂るゝ程の美しき女官が三名、形<かた>の如き緋の袴を着して時ならぬ深更<よふけ>に通行されるは近ごろ、合点の行<ゆか>ぬ事と番兵も不審がツて姓名を尋ねると、三名とも何典侍<てんじ>と名乗り、「急御用なれば、早く門を開いて通すべし」と門鑑まで所持して居られるからは、「よも間違ひは有るまじとは思へど、深更<しんかう>の事なれば、追附<おツつ>け士官が巡察に参られるまでお待ち下されたし」と容易に通行を許さぬを女官は押して通らんとするにぞ、番兵は其無法を咎め、「拙者が申す事をお聞入れなく、左様に不作法なお挙動<ふるまひ>が有<あツ>ては女官とは云<いは>さぬ」と鉄砲の剣先を差向けたと見たは番小屋に仮寝<うたゝね>の夢なりしか。今まで見えし三人の女官は掻き消す様に姿は見えねば、番兵は薄気味悪く、身内がゾツとしたまでは覚えて居たが、其まゝ倒れて気絶して居る処へ巡察の士官が来合<きあは>せ、抱き起して介抱の上、様子を聞けば、云々<しか/\>とは軍人に似合ぬ臆病至極と厳<きびし>く叱られた上、廿日間の禁錮を言附<いひつけ>られたは飛んだ目では無く、飛んだ女官に出逢<であツ>たと同隊の者も気の毒に思ふ折から、飼犬が大きな古狸を一疋、噛<くは>へて来たを見て「偖は夕べの女官は此狸の仕業で有らう」との評議で有たが、其翌晩よりは二名づゝにて番兵に出る事に成<なツ>たので、其後<そのご>は何の変も無<なか>ツたところ、昨今はまた小御所の南のお庭辺へ怪しい物が顕れる抔<など>と頻りに噂が有るにつき、物好な兵卒達は「女官にても有れ、大入道にても見附け次第、引縛<ひツくゝ>り化<ばけ>の皮を顕してやりたい」と腕に綯<より>を掛<かけ>て待構へて居るとは虚<うそ>らしい話し。
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