狐狗狸さんの祟【1886.6.3 朝日】
「狐狗狸(こっくり)さん」が各地で大流行。それを馬鹿にした大阪・北新地の芸者が突然、狐狗狸さんに取り憑かれた。周囲は平身低頭、供え物も用意して狐狗狸さんに帰ってもらおうと奔走中。
●狐狗狸<こつくり>さんの祟 女竹<めだけ>を一尺四寸〔約42センチ〕あまりに切り、之<これ>を三本括合<くゝりあ>はせ、其上に木<きの>盆を載せ、是に風呂敷を蔽<おほ>ひ、二人、或は三人が指先にて其端<はた>を押へ、先づ「狐狗狸さん/\」と呼出しおき、ソロ/\竹が動き出すと、サア狐狗狸さんが来たとて竹に向ひ、いろ/\思ふことを人に語る如く尋問することの近日、各所に大流行となり、彼処<あちら>にても狐狗狸さん、這処<こちら>にても狐狗狸さんで、為<た>めに狐狗狸竹と云<いふ>て其寸法に切りたる女竹を市中に販売するものあるに至りしほどなるが、此<こゝ>に北の新地〔大阪市〕、吉川席の芸妓、お何といふは其朋輩の者が夢現<ゆめうつゝ>になりて狐狗狸さんをやつて居るを見ながら、「此開化の今日にソンナ馬鹿々々しいことがあるものか。斯<かゝ>る馬鹿気たることを信仰する人がアリヤこそ、狐や狸も此世に立<たつ>てゆけたものなれ」と頻りに毀<こは>ち居たるをりから、ドウいふ拍子の瓢箪にや、フト此婦人<をんな>、「自分の身<からだ>に狐狗狸さんが乗移りたり」といひ出し、大声を挙げて「我は狐狗狸なり。余り我を疑ふに依り、其疑を晴らさんために来りしなり。何なりと尋ぬる事のあれば、尋ぬべし」と叫びつゝ、家の内を狂廻<くるひまは>るので、一同、大<おほい>に困り、「モウ決して疑ひませぬから、早くお帰り下され、狐狗狸さん/\」と平身低頭にて頼めども、一向頓着<とんぢやく>なく、矢張り同様に狂ひ廻るゆゑ、「此上は何分にも諂諛<つゐしよう>して早く帰つて貰ふに如<し>くはなし」と俄に赤飯<あづきめし>ヤ餅を供へて段々頼み居るとなん。アナおそろしの狐狗狸さん、否<いな>、おろかの妄信家。