逮夜の夢【1886.10.1 読売】
東京・浅草のある家に倹約家の妻がいたが、病死した。遺された夫が葬式は済ませたものの、初七日の供養をする金がないと悩んでいると、夢枕に亡妻の幽霊が現れ、へそくりの隠し場所を教えた。夫はその金で懇ろに供養を行った。
○逮夜の夢 浅草阿部川町〔東京都台東区〕、鈴木金十郎(三十年)の女房おきぬ(二十八年)は至極の始末人にて衣食とも倹約の出来る丈<だけ>は倹約し、先へ寄て楽に成るを楽しみにした甲斐も無く、先頃より不図<ふと>病気に成り、療養届<とゞか>ず死去したにつき、金十郎は早速、其由をおきぬの兄なる牛込神楽町〔新宿区〕の梅吉に知<しら>せ、形<かた>の如く葬式を済<すま>したものゝ〔原文「のもゝ」〕、病中の薬料や葬式の入用<いりよう>などに貯金<たくはへ>は大方遣ひ失<なく>し、「初七日の供養料は何<どう>して都合をしたものか」と内々心配して寝たる逮夜の夢に女房おきぬが枕許<まくらもと>へ朦朧と現れ、「世に在る間、かず/\のお世話に成りし上、死後供養の事まで御心配を掛ては済ぬ訳。就ては斯<かう>云ふ事も有らうかと私が永の間、丹精をして溜<ため>て置<おい>たお金が戸棚の隅に銅貨にて三円と布団の襟に札にて十円仕舞て有れば、夫<それ>にて初七日の諸入費を払ツて下さい」と云ふかと思へば、姿は消えて見えず成りしは世に云ふ神経の煩ひ〔患い〕ならん。左るにても正夢と云ふ事も有ればと翌朝、念の為<た>め戸棚と夜具の襟を改<あら>ためると、前夜の夢に露違<つゆたが>はず銅貨と札にて十三円ありしに驚きつゝ、其金にて懇ろに追善供養を営みしは二、三日前<ぜん>の事なりとか。
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