赤飯由来記【1936.7.15 東京朝日】
東京・三河島方面で悪病除けの赤飯が流行している。その由来として、ある酒屋に酒が漏らない不思議なザルを持った坊主が現れ、3日以内に赤飯と豆腐汁を食べると、悪病を免れると告げたという話が広まっている。
赤飯由来記
真夏の夜の怪談
荒川区の三河島〔東京都荒川区荒川1-8丁目およびその付近〕や町屋方面で最近、魔除<まよ>けの赤飯を炊くのが流行つてゐるさうだ、三河島二ノ二六一四、薪炭商、市川春吉さん方などもその一人、話の起りは二ケ月前、同家の四女で、王子〔北区〕の成徳女学校〔現・東京成徳学園〕一年生もとさん(一四)が武藤といふ同級生からこんな話をきかされた。
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五月十八日の夜、武藤さんの親戚の某酒屋さんに髭茫々と伸びた白髪の坊さんがめ笊〔編み目の粗いざる。原文「女笊」。以下同〕をもつて酒を買ひに来た、望まれるまゝに店員が若干の酒を其め笊に移したところ、不思議や、酒は少しも洩らず、呆気〔あっけ〕にとられてゐる店員に『三日以内に赤飯を炊き、豆腐汁を飲むと、悪病から免れますぞ』と謎のやうな言葉を残して立去つたといふのである。
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この話をすつかり信じて市川方で呪禁<まじなひ>の赤飯を食べたさうだ、話は輪に輪をかけて伝はり、どこまでが真実だか判らないが、兎に角、流行の赤飯の由来はざつとこんな話に起因してゐるらしい。
東京朝日新聞 1936(昭和11)年7月15日(水)