鶏の亡霊に憑かれた男【1932.11.26夕 読売】
東京・淀橋の路上で深夜、男が鶏の鳴きまねをしていたので、警察が連行、調べると、男は子のない寂しさから鶏500羽を飼っていたが、妻に逃げられ、自暴自棄になって売却。それ以来、鶏の亡霊に悩まされ、たまらず奇声を上げたものと分かった。
鶏の亡霊に憑かれた男
廿五日午前一時ごろ、淀橋区柏木〔東京都新宿区西新宿6-8丁目・北新宿1-4丁目〕三ノ一五〇先道路を鶏の鳴き声をまねて通る怪しい男があるので、淀橋署員が不審に思つて本署に引致、取調べると、右の男は淀橋区柏木三ノ五〇〇、内田久作(三三)で、その妻とみ(二八)との間に子供がないので、寂しさをまぎらすために鶏五百羽を飼つて我が子のやうに可愛がりながら飼育してゐたところ、数日前、妻とみが家出して了<しま>つたので、自暴自棄となり、鶏を全部売り飛ばしたうへ、酒色に耽<ふけ>つて過ごすうちに、女の顔が鶏に見え出したり、丑満<うしみつ>時〔午前2時から2時半ごろ〕になると、血に染まつた数百羽の白色<はくしよく>レグホン〔鶏の一品種〕の亡霊が毎夜のやうに襲つて来たりするので、その度に悩まされては鶏の絞め殺される悲鳴をあげる始末に、同夜も家<うち>に居たたまらなくなつてウヰスキーをあふつての帰途、また亡霊に悩まされて奇声をあげたものとわかつた。
読売新聞 1932(昭和7)年11月26日(土)夕刊