昨年開通した京葉道路の東京・江戸川区一之江橋から谷河内のカーブにかけて女の幽霊が出ると噂される。その区間では1年余りの間に交通事故が多発し、即死者が出ている。
国道に幽霊が出る?!
見物の車がワンサ
京葉道路たたり?で死傷者続出
東京都心と千葉の工業地帯を結ぶ京葉道路に幽霊がでる。去年の夏からそんなウワサが流れはじめた。宇宙時代にそんなバカなと否定はしても、こわいもの見たさの人は絶えず、27日には車で幽霊見物に出かけた9人がコンクリート電柱に衝突、重軽傷を負ったことから“幽霊のたたりだ”と騒ぎが一層大きくなり28日夜は午前2時ころまで、幽霊がでるという東京江戸川区一之江橋に見物の車が20台も押しかける騒ぎ。本当に幽霊が出るのだろうか―。
スーッと消えた女
〇…昨年夏、東京墨田区の若い運転手が、京葉道路東京側入口に近い一之江橋の近くを走っていると、前方に女の姿を認め急停車したが、止まったときには姿が見えなかったと仲間に話したことから“国道の幽霊”ばなしがはじまった。この七月はじめ子供が病気で医者を呼ぼうと母親が電話ボックスに入ろうとしたところ、ボックスの中に若い女を見つけた。ところが突然その女が消え、母親が何度ダイヤルを回しても電話がかからなかったという話が伝わった。
それ以後は主として国道を走る運転手たちの間で「ちょうど夜中の十二時にやはり京葉道路の谷河内のカーブで女が赤ん坊を抱いて手をあげているので、乗せようと車を止めたが消えていた。まもなく背中をたたかれたように思ってバックミラーをのぞくと、女の顔が写っていた」というウワサが流れ出し、幽霊の出る場所も、いつの間にか一之江橋の東京寄りの高圧線の下、電話ボックスの前、谷河内のカーブの三ヵ所にきまった。
㊤夜になってもヘッドライトの切れ目がない京葉国道、このカーブで多くの人命が奪われている(東京江戸川区谷河内)㊦幽霊がでるといわれる西一之江町の柳の木
危険な曲り角の犠牲
〇…こうなっては近くの交番でもウワサだけで片付けるわけにゆかず、深夜の十二時から二度張り込んだが、目ざす幽霊は現われず、代わりにこの場所はいずれも交通事故がよく起きる場所であることに気がついた。特に谷河内のカーブは、京葉道路でも最も大きな事故の多い所で、京葉道路の開通した昨年の四月二十八日の夜、モーターバイクに乗った江戸川区西一之江の農業、安井詮一さん(四七)が、このカーブで頭を打って即死したのを皮切りに、五月四日には千葉市今井町に住む会社員、鹿間与一郎さん(五〇)が乗用車にはねられて即死するという事故が重なった。
怪談を生んだ事故
〇…ことしは二月二十四日、江戸川区谷河内町の無職、田島ふみ子さん(四四)が子供三人をつれてふろからの帰り道このカーブを横切ろうとして、乗用車にはねられ四十メートルもひきずられて即死した。子供三人の見ている前だった。ぶつかった車の右前照灯から右ボンネット(前頭部)にかけて、ふみさんの身体の型が残っていたといわれるいたましい事故だった。また四番目の犠牲者となった千葉県市川市稲荷木の工員、吉田誼さん(一七)が死んだときには、お母さんが毎日のように現場に来て悲嘆にくれていたという。
このような痛ましい事故が幽霊を生んだ、そもそもの根拠となったらしい。
もう一ヵ所幽霊の出るといわれる一之江橋の東京寄りの高圧線の下でも、昨年八月四日と、ことしの六月六日に死亡事故、このほかにも谷河内のカーブから一之江橋付近にかけて開通以来八件にのぼる死傷事故がおきている。
〇…京葉道路の管理をしている日本道路公団東京支社京葉道路管理事務所では、この道路の事故についてこう語っている。
昨年四月からすでに即死七人を含む百五十件の事故があるが、スピードアップと同時に、歩行者、モーターバイクの通行を禁止したので、これからはずっと事故は少なくなると思う。
幽霊よりヤジ馬が
〇…この幽霊騒ぎで手をやいている一之江橋近くの江戸川区西一之江二の一七六六、K不動産会社の奥さんは「ここには絶対幽霊はでません。でるというなら私が髪をふり乱してでてやるから―」と前置きして「昨夜も午前二時ごろまで、二十台くらい幽霊見物がいました。ひどい人になると店の戸をたたいて“幽霊はこのあたりですか”とくるんですからこっちは睡眠不足でやりきれません。それというのも家のワキに柳の木があり、その隣りが電話ボックスなのでそれが車窓にボーッとかすんで見えるらしいですね。深夜にお化けはここですかとくるほうがよっぽどお化けです」と眠れない怒りをぶちまけている。
幽霊の執念よりこわいのはヤジ馬根性ではなかろうか―。
毎日新聞 1961(昭和36)年8月30日(水)10面