汽車に触る【1889.4.27 都】
東京へ向かう東北鉄道の汽車の行く手を向こうからも汽車が走ってきた。上り列車の機関手が衝突覚悟で進むと、車輪に何か触れた衝撃とともに目前の汽車は消えた。翌日、調べると、大狸2匹が轢死していた。
●汽車に触<ふれ>る 東北鉄道の汽車が一昨日<をとゝひ>の夜<よ>に入り東京<とうけい>の方<かた>へ勢ひよく進行せしに、這<こ>は如何に、東京の方<はう>よりも亦汽笛を鳴<なら>して走り来る汽車があるゆゑ、機関手は驚き、急に運転を緩めたるに、先から来た汽車も亦運転を止<とゞ>めし容子<ようす>なれば、此方<こなた>では不審に思ひ、「此辺にて行逢ふ筈はないが、如何なる事か」とて一度<たび>は猶予したれど、「斯<かく>ては果<はて>じ」と衝突する覚悟にて再び速力を強くせしに、何か車輪に触たりと思ふ間<ま>に今までありしと見えし下りの汽車はかき消す如く失<うせ>たるにぞ、後は滞りなく無事に着京せしが、昨日になつて彼<か>の容子を聞けば、前夜、車輪に触たのは年経<としふ>る大狸が二疋にて何<いづ>れも寸断々々<ずだ/\/\>になつて死んで居た由。這は如何なる理由のある事かは知らねど、兎に角、聞得たる儘を。